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アテルイ没後1200年公式サイト [東北全体] 更新日:2002-09-21 11-47-40[修正・削除]
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世紀に入り、律令国家建設を目指す朝廷が、東北のエミシ征伐を開始する。このとき朝廷が第一に注目したのが『水陸万頃の地』とたたえられた日高見国であった。8世紀に入り、朝廷は日高見国に軍を送りその肥沃な大地の占領を試みるが、これに立ち向かったのがエミシのリーダーである阿弖流為(アテルイ)であった。『続日本紀』などの正史にようとアテルイは、802年に征夷大将軍・坂上田村麻呂に降伏するまで3度にわたって朝廷軍を相手に交戦。一度目の巣伏の戦いでは、巧みな戦略で朝廷軍を一蹴し、京で君臨する権力者たちを震え上がらせた。 (写真は悪路王の首像。田村麻呂伝説では、アテルイではなく悪路王、赤頭とされている。)
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